わたしにとっての同窓会
豊田高専第11代校長 山田 陽滋
わたしのもつ同窓会のイメージは、特異なものかもしれない。発端は、自分が大学院の修士課程のときに留学経験をもった時点まで遡る。留学して、米国のテキサス州立大学オースティン校で1年間学んだ。自分の生涯でもっとも成長した時期のひとつと自覚できる、終始神経を尖らせつつも楽しい日々を送った。当時留学先で、わたしにはドイツ系米国人のガールフレンドがいた。しかし、その後進学先を日本に選ぶように勧めたものの、日本の文化や習わしにもある程度精通していた彼女は、将来の活躍の場として日本を選択することをしなかった。
これで話は終わったと思ったが、それから二十余年後のこと、私に、同じテキサス州オースティン市で開催される国際会議に参加するチャンスが訪れた。当時の私はすでに彼女とのグリーティングカード等、季節の挨拶も途絶えていたが、一か八か、Texas Exes(テキサス州立大学オースティン校の同窓会)に問い合わせてみた。すると、しばらく時間はかかったが、Texas Exesは彼女の連絡先をきちんと教えてくれたのである。彼女はまだ、オースティン市内在住であった。彼女との再会を無事果たしたその日、彼女はテキサスのナチョスと呼ばれるTex-Mexを御馳走してくれた。一時ひと時を味わうように懐かしい話を互いに繰りだし思い出に浸りきった格別な一日になった。一生忘れることのない貴重な経験をもつことができたのである。あとで聞いた話として、当時もまだ現役で教壇に立っていた、テキサス州立大学における私の恩師B. F. Womack教授にTexas Exesはコンタクトし、私からの問い合わせが安全なものであることを確認して、彼女にコンタクトをしたとのことであった。そして、この何にも代えがたい、人生の中で指折りほども体験し得ない感動的な時間を与えてくれた同窓会というものに対して、特別の謝意を抱くことになった。
近年、同窓会入会を拒む卒業生の数が増えているとのことである。私の以前の職場でも、飲み会の会費をたとえに出して同窓会入会費の数千円を惜しもうかというような学生の声があった。しかし、そのような考え方を本気でするようなことがあったとしたら、それはあまりにも人間としての奥行きが狭いと思う。なぜなら、同窓会は自分が送った学生時代に得た、何にも替え難い財産ともいえる友人たちとのたくさんの再会の可能性を丸抱えしてくれているからである。刹那的な心行かしと、いかに比べようというのか。
彼女との再会は、自分が会ってみたいと思いアクションを起こすことによって得られた自らへのご褒美であるともいえる。そういえば、彼女との再会の折の懐かしい話の中に、話題が豊富で面白いランチタイムの人気者、いつもカフェテリアの中ほどに陣取って多くの友達の輪の中心にいた演劇学科のH. A. Blanningの話も出た。留学時代当時、まだ英語のジョークは理解しきれなかった私だが、ランチに同席して何となくちゃんと伝わってくる面白さに大笑いをしていたときにも、彼はしばしば気を配ってくれ輪の中心に私を呼び寄せてくれていた。いい奴だった。そのまま研究員として大学にしばらく残っていた、という話を彼女から聞いたことを思い出し、近況を語り合ってみたいという気持ちになった。ぜひまた、Texas Exesに問い合わせてみようと思う。